ご質問にお答えします~免責合意の有効性~
2016.01.29更新
こんにちは。
弁護士の角井です。
年が明けたころから,刑事事件が立て続けに入ってきてしまい,落ち着かない日々を過ごしております。
刑事事件の最も重要な活動の一つに被疑者・被告人との接見がありますが,これがなかなか曲者です。
まず,すべての被疑者・被告人が別々の留置施設にいること。
次に,そのうちの一人は,横須賀にではなく横浜にいること。
すべての被疑者・被告人に会って事務所に戻ってくると,何だかぐったりしてしまって,体力の回復に多少の時間がかかります。
そんな中,先日興味深い相談を受けましたので,少しご紹介しようと思います。
守秘義務の関係から事案をかなり省略すると,「~~が起こっても,当方は責任を負いません。」という合意書は有効か,というご相談でした。
すでに相談者の方には回答済みなのですが,突き詰めて考えると難しい論点です。
このご相談に関する当職の意見は,概ね次のとおりとなります。
1.損害賠償責任の種類
人が民法上の損害賠償責任を負うとき,根拠となる法的構成は,大きく分けると次の2つが考えられます。
それは,債務不履行責任(民法415条)と不法行為責任(民法709条)です。
債務不履行責任は契約関係がある当事者間に適用され,不法行為責任は契約関係がない当事者間に適用されると考えてもらって結構です。
このうち,債務不履行責任では,賠償額をあらかじめ予定することができると定められていることから(民法420条),債務不履行責任において賠償範囲を制限できることについては争いがありません。
それでは,不法行為責任ではどうか,また債務不履行責任においてもすべての責任を免れることができるかどうかというのが議論の出発点となります。
2.債務不履行責任と不法行為責任の関係
契約関係にある当事者間では債務不履行責任が問題になることは既にお話ししました。
しかし,実際には不法行為責任についても同時に問題になることがあります。
例えば,タクシーに乗って目的地に移動する途中にそのタクシーが交通事故に巻き込まれたとします。
この場合,タクシー運転手はお客さんを安全に目的地に運送する契約上の義務があると考えられるため,債務不履行責任が発生します。
それと同時に,車を運転する者は事故を起こさないように安全に運転する義務があると考えられるため,不法行為責任も同時に発生します。
このように,債務不履行責任と不法行為責任は同時に存在しうる関係であることから,当事者間に合意においてはどちらも対象とする必要性が高いといえます。
そうすると,債務不履行責任では賠償範囲を制限できるのですから(民法420条),不法行為責任についても同じことが言えると考えられます。
3.不法行為責任の事前の免除
それでは,不法行為責任を免除する理由づけはどのようなものになるのでしょうか。
不法行為責任が問われるときは,加害者の不法行為によって損害が発生している状態だと言えます。
そうすると,事前に被害者が承諾していれば,損害自体が発生しないと考えることができます。
例えば,ゲームの罰ゲームとして,あらかじめ「でこぴん」が決められていたとすれば,ゲームに負けて「でこぴん」をされたところで文句は言えません。
そこでは,「被害者の承諾」によって,おでこに対する攻撃を受け入れていることから,「身体の安全」という利益が侵害されていないからでしょう。
このように,不法行為責任を事前に免除することは,被害者の承諾という概念を使って説明することができます。
そして,以上の説明によれば不法行為責任を事前に免除することは論理的に可能であると言えます。
4.免除できる責任の限界
そうだとしても,何でもかんでも責任を免れるということができるのでしょうか。
先程の例は,素手による「でこぴん」を想定していましたが,金属製の金具を着用して「でこぴん」をすることまで許容しているのでしょうか。
また,仮に許容していたとしても,それは被害者の本心から承諾したものと言えるのでしょうか。
このように考えると,不法行為責任を免除できる範囲には限界があると考えるべきでしょう。
そして,その限界とは,不法行為の原因に着目する面と損害賠償の範囲に着目する面の二つがあると考えるべきでしょう。
まず,不法行為の原因からすると,故意で行われた不法行為を免責することは妥当ではありません。
先程の例からすると,相手を怪我させるつもりはなかったけど,「でこぴん」をする際に変に力が入ってしまって,相手の額に怪我を負わせたのなら話は分かります。
しかし,最初から怪我をさせようとして「でこぴん」をした場合.被害者はそのような事態を想定していないわけですから,承諾は無効であると考えられます。
次に,損害賠償の範囲に着目すると,生命や重大な身体部分に関する不法行為について,免除を認めるべきではありません。
被害者があらかじめ承諾していたとしても,生命という重大な利益の処分に他人が関与することは認められるものではありません。
5.関連する法律上の規定
以上の考えを具体的に規定化したものが,消費者契約法の中にあります。
すなわち,「債務不履行・不法行為による損害賠償責任の全部免除は無効である」という内容の条文と(消費者契約法8条1項1号,同項3号),「事業者,代表者,被用者の故意または重過失の債務不履行・不法行為による損害賠償責任の免除は無効である」という内容の条文(同項2号,同項4条)です。
この法律は,事業者と消費者の間の契約を規定するものですから,ご質問の事例に直ちにあてはまるものではないかもしれませんが,考え方としては共通するものと言えます。
6.まとめ
以上のことをまとめると,ご質問の回答は次のようなものになります。
①不法行為責任を限定する合意をすることは,法律的には可能
②ただし,全ての責任を免除することはできず,そのような合意をしたとしても無効
③注意的に合意書を作成することはできるが,弁護士に頼んで作ってもらうような法的書面ではない
④無駄にお金をもらうことになってしまうので,当職としては受けられない
いやぁ,久しぶりに頑張った。
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