真夏の事件簿②
2015.08.21更新
こんにちは。
横須賀のアダジオ法律事務所の弁護士の角井です。
最初は,ある程度シリーズ化しようと思っていたんですよ。
でも毎日バタバタしながら過ごしていたら,終わりのない出口に不安を覚え始めました。
ただ,予告していたこの事件だけはちゃんと解説します。
2.慶應大学院生弁護士局部切断事件
さて,この事件は,慶應義塾大学の法科大学院生が弁護士の局部を切断するというショッキングな事件であり,世間的にも大変注目されました。
注目ポイントはいろいろあると思うんです。加害者が法曹の卵だった点とか,被害者と加害者妻との間の男女トラブルとか,加害者が某柔道選手に見えて仕方がないとか。
ただ,私が注目するとすれば,局部を切断しておいてなぜ傷害罪なのか,殺人未遂罪ではないのか,という点が気になります。
ナイフで人を斬りつけた場合,傷害罪とされる場合と殺人未遂罪になる場合があります。被害者が負った怪我が同じであっても,事案によって結論は異なります。では,その2つの事案を隔てるものは何かといえば,「殺意」があったかどうかです。
「殺意」は,加害者の内心に存在するものですので,あったかどうかは本人に聞いてみないとわかりません。さらに,本人が本当のことを言うとも限りませんので,本人の言い分だけを信じるわけにもいきません。では,どうやって殺意を認定すればよいのか。この点に関しては,現場の裁判官などが事実認定の方法として様々に工夫してきた過去がありますが,着目すべき点はいくつかあります。
① 創傷の部位
まずは,傷のある部分が人の身体においてどのような意味を持つかが重要です。殺人未遂ということは,与えた傷が死を招きかねないということですから,足の先や腕などではその危険性が低いということになります。一般的には,四肢を除いた身体の全部分が殺意を認定できる部分とされています。
そうすると,今回は局部が切断されていますので,一見該当しそうにも思えます。しかし,性器は生命機能維持に必要な臓器ではありませんし,近くに大動脈が通っているわけでもありませんので,身体の中枢というには難しいのではないかと思います。
② 創傷の程度
傷が深ければ深いほど,傷が多ければ多いほど殺意が強いと言えます。裁判例などを見ると,深さ10センチ以上の傷がある場合には,殺意を認定しているケースが多いようです。
この点についても,今回は局部を切断していますが,その他の身体に傷があるわけではありませんので,創傷の程度が高いとは言えないと思います。
③ 凶器の種類
刺殺の場合は,相手に致命傷を負わせられる凶器かどうかが重視されており,刃体や刃渡りの長さが10センチ以上である場合は,殺意が認められやすいと考えられています。
そうすると,今回は枝切りばさみなので,この点からも殺意の存在は難しいのではないでしょうか。
④ 凶器の用法
傷の深さとも関係しますが,その傷が凶器の大きさに対してどれくらいの割合だったかを知ることは有用です。例えば,刃渡り10センチの包丁で深さ10センチの傷ができていれば根元まで刺さっているということになりますから,非常に強い殺意があったということができます。
今回は,枝切りばさみをチョキチョキさせたわけなので何とも言いようがありませんが,少なくとも刺突行為などには及んでいないので,強固な殺意を認定することは難しいと思われます。
⑤ その他
殺意の認定においては,既に述べた4つの要素が重要だと考えられていますが,その他にも認定の要素となるものはあります。例えば,「殺してやる」と叫んでいれば,殺意の認定に働くでしょうし,何ら手当をしないでその場を離れていたら,被害者が死ぬことを受け入れていたと考えることができるでしょう。
ただし,これらの要素は,全く違う考えも成り立つところですので,殺意の認定においてはあくまで補助的な要素にとどまると思います。なお,本件ではこのあたりの事情が分からないので,判断は避けます。
さて,以上の検討から導き出された答えとしては,「いまある情報だけから判断すれば,加害者に殺意があったと認めることはできない。」といったところでしょう。実際,加害者は,自分の妻と被害者との男女関係を疑っていたと報道されていますから,被害者の性機能を奪うことが主たる目的であり,それ以上に死亡させる動機があったとはいえない事案だと思われます。
私としては,将来の法曹を目指す人間がこのような事件を起こしたことに少なからず胸を痛めていますが,どの業界にも起こり得ることですので,努めて冷静に受け止めることにしています。ほら,中学校教諭が買春したり,警察官が交通違反したり,議員が政務活動費を不正に使ったりしますもんね。
そんなときでも「罪を憎んで人を憎まず」の気持ちで,しっかりと弁護できる人間になりたいものです。
最後はきれいな終わり方でしたね。たぶんシリーズは今回が最後ですが,気が向いたらまた同じような記事を書くかもしれません。
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